伊達な旅Vol.2@仙台 -完-
2009年 09月 26日

奥州の覇王・伊達正宗。
(…俺の好きな武将の一人なんだな)
この騎馬像がある青葉城址へは、大渋滞。
日が落ちた時間でさえ渋滞してるからスゲー。
恐るべし、シルバーウィーク。
正宗公騎馬像。
この騎馬像を見たくて、今回の小旅行を仙台に決めたと言っても過言ではないっす。
「おー、かっこいいー」
こう言ってたの、俺だけじゃないっす。
ココに来た人のほとんどが、こう漏らしてたよ。マジで。

(62万石は、表高。仙台藩の実高は100万石を超えていたと言われる)
18歳という若さで家督を継ぎ、文武に優れ、野望に溢れた戦国武将。
あと20年早く生まれていたら、天下を統一していたのではと言われる有能な戦国武将。
奥州を統一したという強さにも惹かれるが、独眼竜といわれるあの外見に惹かれるものがあるんだなぁ。
慶長遣欧使節団に代表されるイスパニアやローマとの外交とか、あの時代にしてはオープンで柔軟じゃんと伺えるとこも魅力的。
紫羅背板地五色水玉文様陣羽織もオシャレだし。
片倉小十郎との絆も萌えるな。
正宗が詠んだ和歌。
入りそめて 国豊かなる みぎりとや
千代(ちよ)とかぎらじ 仙台の松
解説
和歌の内容を現代風に訳すと,文頭の”入りそめて”は「入り初めて」と書いたもので,後に続く”国豊かなる みぎりとや”にかけ,みぎりは「砌」と書くもので,何かのきっかけとか物事の起こりとかを意味しております。
いわんとするところは,わたしが入府して国(=領国)を豊にする先駆けとしたい,またはその豊かさの魁(さきがけ)となりたい,というもの。
また,これはそれまで千代と書いて,「せんだい」と読ませていた地名を「ちよ」とよみ,これを”千代(ちよ)とかぎらじ”と詠んだところに千代(せんだい=千年の世)といわず,万年の世にも無窮の栄えあれかしと寿(ことほ)いだものといい,千代をあとのせんだい=千代にかけ,さらに松をかけたところに年中緑濃い松の木に無限の発展を祈願したといえます。
同時にこれは「仙台」の地名の起源となりました。
仙台藩祖,政宗の建国の精神と強い使命感と自負心を表しているといえましょう。
(出典:宮城県/中南部下水道事務所/中南部ニュース第一号)
ちなみに、「仙台の松」の「松」は、松平姓を名乗るのを許されたことも関連しているとも言われている。
正宗公騎馬像から見える仙台の夜景。

手持ちだとやっぱキツイね…orz
伊達正宗を堪能した後は、ディナーを頂く。
仙台と言えば、牛タンでしょ。
ってことで、有名な「味 太助」に。
しかし、行ってみると、ものスゴイ行列。
最後尾に並ぼうとすると、店員さんがいて、「もう終わりです」と。
…ショック。
ここまで来て牛タンを食べずに帰るわけには行かないっしょということで、他の有名店に。
こちらも行列。
なんだかんだ40-50分くらい待ったかな。寒かった。
頂いたメニューは、コチラ。

牛タン、分厚ーい。
ちなみに、妻は、コチラ。

んで、味はね、タンはボリュームあって、柔らかくて美味しかった。
だけどね、味付けがね、塩辛かった。
東北だからなのか?たまたまなのか?
とにかく、しょっぱかった。
そして、付け合わせは、浅漬け。
こちらも、しょっぱい。
でも、仙台の牛タン屋は、牛タンと浅漬けというこのスタイルが一般的らしい。
浅漬けと一緒に、青唐辛子の味噌南蛮があるんだけど、こいつが強烈に辛くてね、これは好きだったな。(辛いのは大好きなので。これも好みが分かれると思うが)
あくまで個人的な感想だけど、牛タンしょっぱかったー…orz
翌日は、昼の正宗公のお顔を拝見しようと、またもや青葉城址に行こうと思ったんだけど、想像を遥かに超えた仙台市内の大渋滞ゆえに、諦めて、近くのお土産さんによって、そのまま帰路に。
早めの帰路だったけど、これが正解だった。
ウチラの後に、福島トンネル37km、矢板35km、佐野15kmとかの渋滞情報をラジオで聞いた。
恐るべし、シルバーウィーク。
ハマらなくて良かったぁ。
(首都高で2~3Kmハマったけど)
こんな感じで、一泊二日の伊達な旅は終了。
伊達正宗、カッコよかった~。
戦国無双3欲しいなー。

値下げするし、買っちゃおうかなぁ。


